白湯と毎朝の薬

春の恒例行事の憂鬱

今年も4月3日から5日にかけて、甲府の街では「信玄公祭り」が開催されました。甲府盆地の向こうから、イベント開催を告げる花火が朝から何度も聞こえてきました。戦国大名・武田信玄公の遺徳を偲び、信玄公の命日である4月12日の前の金曜日から日曜日にかけて毎年行われているこの祭りは、山梨の人々にとって特別な春の恒例行事。特に1,000人を超える軍勢が戦国絵巻さながらに練り歩く「甲州軍団出陣」は、まさに圧巻とのこと。

……けれども、実を言うと、わたしは山梨に移り住んでから一度もこのイベントを見に行くことができていないのです。

理由は、わが家の「春の恒例行事」にあります。

この時期、家内は「春陽会」という美術公募展に出品しており、その事務所の手伝いのために東京・六本木の国立新美術館へと出かけてしまうのです。晴れ舞台へと向かう彼女を送り出すのは喜ばしいことですが、その間、わたしはひとり山梨に残り、留守を預かることになります。

花火の音を遠くに聞きながら、わたしは静かな家でひとり。そこには、華やかな祭りの喧騒とは無縁の「もうひとつの春の恒例行事」、ある「憂鬱」が潜んでいるのです。

その正体は、「お腹の不調」。

わたしは幼い頃から内臓が弱く、季節の変わり目、特にこの春先には決まってお腹を壊してしまうのです。厳しい寒さが緩み、ふっと気が緩むせいでしょうか。それとも、朝晩の気温が激しく変わる寒暖差に、わたしの自律神経が悲鳴を上げているのでしょうか。

胃なのか、小腸なのか。明確な場所は分かりませんが、お腹の奥が重く張り、その不快な感覚が太ももの後ろの神経を伝わって、ふくらはぎの前側にある「前脛骨筋(ぜんけいこつきん)」あたりを強張らせます。さらには足の裏全体が痺れるような感覚。ひっきりなしに便意を催しては席を立つのに、いざとなると芳しくない……。

病院へ行っても、返ってくるのは「特に大きな異常はありませんね」という医師のことば。胃腸薬を処方され、「数日様子を見てください」といわれるのが関の山です。そして、祭りが終わり、家内が東京から戻り、季節が完全に春へと移り変わる頃、いつの間にか霧が晴れるように治っている。

毎年繰り返される、この滑稽で、しかし本人にとっては切実なルーティン。自分の身体なのに、自分の意思ではコントロールできないもどかしさ。現代医学的に見れば、これは極めて理にかなった現象のようです。

急激な気温や気圧の変化は、わたしたちの生命活動を司る自律神経にとって大きなストレスとなります。消化管の動きをコントロールしているのも自律神経ですから、そのバランスが乱れれば、胃酸の過剰分泌や蠕動運動の不調を招くのは当然のこと。春先に胃炎や逆流性食道炎が増えるというのも、頷ける話です。

子供の頃は、あの独特の匂いがする正露丸を飲んで耐えていました。けれど10年ほど前からわたしは、心臓の薬以外は、薬に頼るのをやめました。その代わり、この時期は毎朝の習慣をひとつだけ変えることにしているのです。

朝の一杯のコーヒーを控え、かわりに「白湯(さゆ)」を飲むのです。

ただのお湯、と侮るなかれ。

白湯を飲む習慣は、古代インドの伝承医学「アーユルヴェーダ」においても、生命のエネルギーを整える基本的な養生法のひとつ「白湯(ウシュノダカ)」として記されています。中医学(中国漢方)でも「白開水(バイ・カイ・シュイ)」と呼ばれ、古くから内臓を温め、気血の巡りを助ける治療の補助として重んじられてきました。さらに、現代の医療機関などの研究でも、白湯には血管拡張と血流改善・副交感神経活性化・消化管の運動促進の効果があるとされています。

有名なファッション・モデルが「白湯」を日々の習慣にしていると聞けば、ご存知の方も多いかもしれません。伝統的な方法では、「白湯」の作り方や飲み方に厳密な作法があるようですが、わたしはそんなに堅苦しく考えず、気楽にやっています。水道水やスーパー、コンビニで買ってきたミネラル・ウォーターを電気ポットで沸騰させ、コップに注ぎ入れたらしばらく冷まし、飲めるくらいの温度になったら、ゆっくりと飲む。ただそれだけ。

体温かそれより少し温かい水分が胃腸から下腹部に流れ込むと、お腹の内側からじんわりと温まり、こわばりが緩んでいきます。すると、強張っていた筋肉がじわじわと解けていくのが分かります。何より、温かい湯気を吸い込みながらゆっくりと喉を潤す行為そのものが、気持ちを落ち着かせ、身体を「休息モード」へと切り替えてくれるのです。

「コーヒーの刺激で無理やり目を覚まさせるのではなく、白湯の温もりで身体を内側から温める」——そんな感覚でしょうか。近ごろでは、ほんのりとした白湯の甘みがわかるようになりました。

白湯ひとつのことを丁寧に続けていると、古代の知恵も現代医学の理論も、アプローチは違えど同じ真理を指し示していることに気づきます。そのことに気づいてから、わたしは自分の身体の揺らぎを、少しだけ寛容に受け入れられるようになってきました。

西洋哲学では、身体と精神を切り離して考える「心身二元論」が長く主流でした。けれど、こうしてお腹の不調が心の憂鬱を呼び、温かい一杯の白湯がその両方を癒やすのを体験すると、環境と身体、身体と心は分かちがたく結びついた「一如(いちにょ)」のものであると実感せずにはいられません。

「信玄公祭りを家内と一緒に見に行けない」という小さな不満も、「家内を送り出した後」の孤独も、「朝晩の気温差に不調をきたす」お腹も、すべては移ろいゆく現象の一部。白湯を手に静かに座っていると、こうした毎年の春の恒例行事も、春風に舞う花びらのようなものかもしれないと思い至るのです。


【参考文献】

【ネット】「信玄公祭り公式ホームページ」富士の国やまなし観光ネット(https://www.yamanashi-kankou.jp/shingen/index.html ), (2026年4月5日参照).

【ネット】「信玄公祭り」Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/信玄公祭り ), (2026年4月5日参照).

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