今朝は4時30分に目が覚めると、枕元まで静かな雨音が届いていました。春は、こうした柔らかな雨とともに深まっていくものです。ゆっくりと起き出し、5時から45分間の坐禅。静寂の中から、遠くで響くキジの鳴き声が耳をかすめていきました。
坐禅を終えて障子を開けると、雨雲が甲府盆地を低く覆っています。いつもは間近に仰ぐ「塩の山」さえも、その頂を霧の中に隠していました。
キッチンでモーニングコーヒーを淹れます。今日は久しぶりにインスタントではなく、丁寧なペーパードリップを選びました。冬の間、あのキジはどこに身を潜めていたのだろう――。そんなとりとめもない思いに耽りながら、隣の果樹園に目を向けると、桃の木がうっすらとピンク色に染まり始めています。雨に濡れた花芽が、春の訪れを静かに告げているのです。
午前中の雨は、予報通り10時を過ぎる頃には上がり、昼過ぎには太陽が顔を出しました。気温は一気に20度近くまで上がり、家の中にいるのがもったいないほどの陽気です。午後2時過ぎ、わたしは春陽展に向けた作品制作に没頭している妻をアトリエに残し、一人でウォーキングに出かけることにしました。
「私は、一日に少なくとも4時間——たいていはそれ以上——いっさいの俗事から完全に解放され、森を通り抜けたり、丘や野原を越えたりして、あてどもなく散策するようにしていないと、自分の健康や生気を保つことができないような気がする。」1
わたしの場合は、ヘンリー・デビッド・ソローほど徹底してはいませんが、「たった1日、自室に閉じ籠っているだけでも、からだが錆ついてしまいかねない人間」2であることは確かです。ましてや、着実に春の足音が近づいているこの季節、からだが自然と外へと向かっていくのです。
「散歩自体がその日の事業であり、冒険なのだ。運動をしたくなったら、生命の泉を探しにゆくがよい。そんな泉が遠くの牧草地で人知れず湧き上がっているというのに、健康のためと称してダンベルなんかふりまわしているとは!」3
いつもはわが家の裏手にある山の方へ登りますが、今日は趣向を変えて、坂を下るルートを選んでみました。春の花々を探しに出かけるウォーキングです。わが家の標高は約540m。少し下った490m地点にある農園に差し掛かると、そこにはスモモの花が、今を盛りと咲き誇っていたのです。白く可憐な花びらが、雨上がりの澄んだ空気の中で、洗われたような輝きを放っています。

足元に目を向ければ、道路脇の用水路を水が勢いよく流れていました。今朝の雨の影響か、あるいは山々の雪解け水でしょうか。水音は、心地よい春のメロディーを奏でています。
農家の庭先には、レンギョウや水仙、菜の花、サンシュユ、ボケ、蝋梅が競うように咲き、ところどころに名残の梅も顔を覗かせていました。






フルーツラインと呼ばれる大通り沿いの桜も、すでに満開の時を迎えています。甲州市が設定している「さくらんぼの里コース」の一部にもなっているこの道は、これからの季節、ウォーキングには絶好の舞台となるでしょう。目標の場所まで、上り坂をゆっくりと歩みを進めます。
標高500mの「牛奥みはらしの丘」で一休みし、持参したボトルで喉を潤します。ここからは甲州市の市街地が一望でき、視界が良ければ南アルプスまで見渡せるのですが、あいにく今日の山々は春特有の霞をまとっています。それでも、甲府市や南アルプス市のあたりまで、柔らかな街並みを眺めることができました。盆地を吹き抜ける少し強めの春風が、汗ばんだ肌を心地よく撫でていきます。

帰り道はフルーツラインを外れ、農村の生活道路を歩きました。ある農家の入り口で、一匹の黒猫に出会います。この界隈を仕切っているボス猫なのか、なかなかの面構えでこちらを睨んでいましたが、わたしが通り過ぎるのをじっと見守ってくれました。
こんなこともあって、こちらへ移住してきてから、何度も同じ道を歩いているのですが、飽きることがありません。
「わが家の近くには、格好な散歩道がたくさんある。私は長年にわたって、日々の散歩をめったに欠かしたことがないし、ときには何日もつづけて散歩に出かけることもあるけれど、いまもってそれらの道を歩きつくしてはいない。……われわれは、風景を知り尽くすことなど決してできないのである。」4
ソローの言う通り、風景は日々変化し続けています。毎日毎日、その姿を変えているのです。同じ道であっても、昨日とは違う新しい顔を見せているのですから、わたしたちがその全貌を知り尽くすことなど、到底できないのでしょう。
2時間ほどのウォーキングを終えて帰宅すると、気温は18度。和室の前の通路には、ナズナの花がこれでもかと咲き乱れています。そろそろ、草刈りの準備も考えなければなりません。
今日、わたしが歩きながら感じた花の色彩、風の冷たさ、そして春の只中にいる確かな喜び。それらすべてを書き留めておくことこそが、この里山での生活と思索を、より豊かなものにしてくれる気がします。
夕暮れ時、再び空気がひんやりとしてきました。今夜はゆっくりと湯船に浸かり、今日見つけた春の断片を、心の中で静かに反芻いたしましょう。
脚注