2023年12月に山梨県甲州市の現在の家に引っ越してきました。ここは、甲州市塩山にある恩若峰という山の麓で、国土地理院の地形図によれば標高537.7メートルの場所です。周囲は桃や葡萄の畑が広がる里山で、一番近い隣の民家まで150メートルもあります。この土地を気に入った最大の理由は、甲府盆地を眼下に一望できる素晴らしい眺望です。
東京で勤めていた頃、このような土地に移り住みたいという話をすると、必ずと言って良いほど次のような意見を聞かされました。「歳を取れば病気にかかりやすくなるのだから、病院をはじめ様々な公共サービスを享受しやすい都会の集合住宅に住まうのが無難だ」というものです。確かに、私たち夫婦が移住したこの土地は、大きな病院やJRの最寄り駅に行くのにさえ、自家用車で15分はかかってしまいます。
しかしながら、私たちは全く後悔していません。むしろ都会特有の無関心を装ったご近所の監視の目から逃れ、自分たちの広い敷地の中で伸び伸びと暮らすことができるゆとりを享受しているのです。
こうした田舎暮らしへの願望は、いつ頃から私の中に芽生えたのでしょうか。もともと北海道の田舎を転々と引っ越してきた家族に育てられたからなのかもしれません。それもありますが、はっきりしているのは今から30年近く前の20代後半から30代前半の頃に読んだ数冊の書物の影響が大きいと私は思います。それは、ヘンリー・D・ソローの『森の生活(ウォールデン)』上下、飯田実(訳)、岩波文庫、1995年です。
訳者である飯田実氏が下巻の解説で書いている通り、ソローのこの作品は「自然とともに生きた彼の生活記録であると同時に、『人間の第一目的はなにか』(上巻18頁)、人生をどう生きるべきか、といった根本問題に直面して悩んでいる若い読者のために書かれた」ものです。ソローは次のように書いています。
「私が森へ行ったのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きてはいなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。人生とはいえないような人生は生きたくなかった。生きるということはそんなにもたいせつなのだから。」(『森の生活(ウォールデン)』上巻、162-164頁)
今、読み返してみても全くその通りだと思います。否、むしろ60歳を超えた今だからこそ「人生とはいえないような人生は生きたくなかった。生きるということはそんなにもたいせつなのだから」というソローの言葉がしみじみと胸に迫ってきます。
そのほかに当時繰り返し読んでいた書物は以下の通りです。当時はこれらの書物を繰り返し読んでは、理想のログハウスの図面を描いてみたり、セルフ・ビルドに必要な材料や道具の値段を調べてみたり、将来の田舎暮らしを夢見ていました。
- B・アラン・マッキー『エコロジカル・ログビルディング—ログハウスづくりの神様が贈る技術と精神のバイブル』、地球丸、1997年。
- ジョン・シーモア、ハーバート・ジラード『地球にやさしい生活術——緑の惑星を守るために、あなたが今日からできること』、TBSブリタニカ、1990年。
50代後半に心臓病を患い、60歳を超えた私には自分の手でログハウスを建てることは叶いませんでしたが、今こうして家内と二人で田舎暮らしを楽しむことができるのは幸せなことだと思います。これからの残りの人生は、生活のためにやりたくないことをやるのではなく、やりたいことをやるためだけの生活を、ヘンリー・D・ソローのように思索と田舎暮らしの実践を続けていきたいと思います。