掘り出した玉ねぎ

玉ねぎ収穫の話

玄関先のウッドデッキ屋根の柱に取り付けた温度計が、朝の6時で17℃を指していました。テレビの天気予報は、日中の最高気温が30℃に達するだろうと告げています。からりとした、湿度の低い五月の風。けれど、わたしの肌はすでに、今日という一日が連れてくる強い日差しを静かに予感しています。

いつものように朝のテレビニュースを見終えて、しんとした部屋。

「さあ、行くよ」

今日は、わが家の初夏の大仕事、玉ねぎの収穫日。昨夜から家内に手伝いを依頼していたのです。今回収穫するのは、昨年10月の後半に、肌寒くなり始めた風の中で植え付けた、キッチン裏の畑に3畝、少し坂を上ったところにある上の畑に1畝、合わせて4畝分の玉ねぎです。

昨年は、みずみずしくて甘い、いわゆる「新玉ねぎ」として喜ばれる早生(わせ)品種を育てました。ですが、今年は少し方針を変えて、貯蔵性に優れた中生(なかて)品種を選びました。できるだけ長く、わが家の食卓を支えてもらうための、ささやかな知恵です。

正直に言うと、かつてのわたしは「本で学んだ通り」の自然農にこだわりすぎていました。そのせいで玉ねぎ栽培に失敗したことがあるのです。不耕起、無肥料、そしてビニールマルチを使わない栽培。それが自然に最も優しいのだと頑なに信じ込んでいたのです。しかし、結果は見事なまでの大失敗。土の温度が足りず、雑草の生命力に圧倒され、収穫できたのはゴルフボールにも満たない、悲しいほど小さな玉ねぎばかりでした。

自然の厳しさと、わが身の浅はかさ……。

それ以来、わたしは少しだけ「不完全さ」を受け入れることにしたのです。完璧主義は手放して、新しい農業資材も取り入れてみよう。だから、この玉ねぎ栽培だけは、黒マルチシートを使うことに決めたのです。

わが家の畑は基本的に不耕起を旨としていますが、キッチン裏の畑だけはジャガイモとネギ類の専用スペースとしているため、例外的に畝を掘り返す機会が多くなります。昨年の秋、わたしが施したのは、ほんの少しの石灰と完熟バーク堆肥、そして土をふかふかに整えてくれるくん炭を地表に薄く漉き込む作業でした。そこに、わが家定番の米糠と油粕をたっぷりと振り撒き、黒マルチシートを張って、細い苗を一本一本、土の温もりに委ねるように植え付けたのです。

植え付けが済んでしまえば、冬の間の作業は驚くほど手間要らずです。マルチの穴から顔を出す図々しくも愛らしい雑草を手で引き抜き、畝の周りの草を刈るくらい。あとは、ただ時間が、そして甲府盆地の向こうから吹き上げてくる冷たい風が、彼らを育ててくれるのを待つばかりでした。

倒伏という、土からの合図

それからおよそ半年。天に向かって毅然と青い葉を伸ばしていた玉ねぎたちが、ある日を境に、ぱたり、ぱたりと横に倒れ始めます。

この「倒伏」こそが、土の底で球根が十分に満ち足りたという、自然からの合図です。葉が倒れた後はそのままにしておくと急速に実が劣化してしまいます。晴天が続き、土がしっかりと乾いているタイミングを見極めて、早めに収穫することが何よりも大切になります。

わたしの呼びかけに、家内はすでにワークマンで買ったUVカットフェイスガードパーカーと作業ズボンを着込み、農作業用の帽子を深くかぶり、軍手をはめて準備は万端。普段、彼女は地道な畑仕事や土づくりにはほとんど興味を示しません。ですが、スナップエンドウやジャガイモ、そしてこの玉ねぎのように、土の中から「宝物」が現れる収穫の瞬間だけは別です。まるで最初から自分が手塩にかけて育てたかのような満面の笑みを浮かべ、いそいそと手を貸してくれるのです。

でも、それでいいのだと思います。誰もが土にまみれる苦労を愛せるわけではありません。収穫という自然の「贈与」を無条件に喜ぶその純粋な気持ちが、わが家の畑を、そして生活を、どれほど明るく彩ってくれていることか。

昨年は早生品種を約350個収穫しましたが、今年は品種を変更したことと、作付けする畝を少し絞ったこともあり、収穫数は約290個となりました。わが家の老人二人が1年間で消費する量としては、まずまず十分です。収穫した玉ねぎは、大きさを揃えて5個ずつ紐で縛り、雨の当たらない軒下に吊るして乾燥させます。この「吊るし乾燥」によって玉ねぎは自らを守る皮を固くし、半年以上は食べられる状態で静かに眠りにつきます。昨年の経験からいえば、これで少なくとも今年いっぱいは、スーパーの店先で玉ねぎを買い求める必要はありません。

「でも、やっぱり来年はもう少し畝を増やしましょう」

軒下に吊るされた玉ねぎを見上げながら、家内がそう提案してきました。彼女もまた、この丸い野菜が大好きなのです。

さあ、今夜の愉しみ

かつて狭心症を患い、心臓の血管にステントを入れたわたしにとって、玉ねぎは食卓の彩り以上の存在です。「医食同源」。血液をサラサラに保つ働きがあるとされるこの野菜を、わたしたち夫婦はできるだけ多く、可能な限り生で食べるようにしています。

とれたての、まだ少し小振りな玉ねぎを極薄くスライスし、冷水にさっと晒す。そこに少しのポン酢を垂らします。口に運んだ瞬間に広がる、瑞々しい辛味と、その奥にある大地の甘み。

ここ数年、試行錯誤を繰り返しながら様々な野菜を作ってきました。どういう野菜をどのくらい栽培するのがちょうど良いのか、まだまだ模索の最中です。わが家二人の好みと胃袋の大きさを知り、季節の巡りの中でそれをまかなう。そうした自分たちの「適量」を考えることこそが、田舎暮らしの愉しみのひとつなのかもしれません。

とれたてのオニオンスライスは、ビールの味を格段に深く、愛おしいものにしてくれます。静かな夜が、ゆっくりと更けていきます。

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