五月も半ばを迎えた甲州市の里山は、すっかり初夏の陽気です。「五月晴れ」という言葉通りの青空に、どこか誇らしげな光が満ちています。連休の終わりとともに庭を渡る風がいっそう心地よく感じられるのは、気のせいばかりではないでしょう。
いま、わが家の庭の一角で主役を張っている花があります。野薔薇(野茨)です。こんもりと大きな株となって、白い小さな花を無数に咲かせています。風が吹くたびに、ほんのりとした甘い香りが漂ってきます。
庭の「長老」への謝罪
実を言うと、この野薔薇に対して、わたしは長い間、大変な無礼を働いてきました。わたしたちがこの土地を購入し、まだ母屋も建っていなかった頃、野薔薇は深い雑草に紛れて、ひっそりと自生していました。開墾を始めた当時のわたしにとって、それは単なる「厄介なトゲのある草木」に過ぎませんでした。
草刈りのたびに邪魔なやつだと無碍に扱い、根こそぎにしてやろうと何度も枝を叩き切っていたのです。ところが、この野薔薇は驚くべき生命力を持っていました。肥料も水やりも一切していないのに、翌春には必ず、より勢いを増して新しい枝を伸ばしてくる。棘は鋭く、シャツの上からでも腕に容赦なく突き刺さります。園芸用の厚手のゴム手袋をしていても、うっかりすれば「痛っ!」と声を上げる羽目になる。まさに「野生の意地」を見せつけられているようでした。
母屋を建て、東京からこちらへ移り住んでからも、野薔薇との闘いは続きました。ある日、庭造りの最中に積み上げられた廃材の下から、それでも光を求めて必死に枝を伸ばそうとするその姿を見たとき、ふと、わたしの心に変化が起きました。
「この野薔薇は、わが家の庭に招待しよう」
地下茎を伸ばしてあちこちから顔を出す奔放さは少しだけ抑えてもらい、元から生えていたその場所で、低木(シュラブ)として整えることにしました。よく考えれば、後から植えたどの花木や草花よりも、この野薔薇こそが、この土地を最も古くから知る「長老」なのですから。


いま、その長老の周りには「ぶんぶん」と力強い羽音を立ててミツバチたちが集まっています。一心不乱に花粉をあさる彼らの姿を見ていると、この野薔薇が持つ再生の力が、どれほど多くの生命を支え、また古今東西の芸術家たちの想像力を刺激してきたかが、少しわかる気がします。
二元性の象徴──野薔薇が織りなす文化史
植物学的に見れば、野薔薇はバラ科バラ属の原種に過ぎません。しかし、文化史のページをめくれば、その可憐な五枚の花弁と鋭い棘という「二元性」は、数多の芸術家を虜にしてきました。洗練された栽培種のバラが貴族的な奢侈を象徴するなら、素朴な野薔薇は、より根源的な生命の美しさと、それを守るための苛烈なまでの拒絶を象徴しています。
古代の神々と沈黙の薔薇
ギリシア神話では、花の女神クローリス(フローラ)が死んだニンフを神々に願い出て「花の女王」へと変容させた際、神々が香りと生命を授けたのが薔薇の始まりとされています。
ローマ時代には、薔薇は「沈黙と秘密」の象徴でもありました。秘密厳守を意味する「サブ・ローザ(薔薇の下で)」という言葉は、沈黙の神ハルポクラテスへの供物として薔薇が捧げられた習慣に由来します。かつて告解室の天井に薔薇が彫られたのは、「ここでの話は外に漏らさない」という神聖な約束の記号だったのです。
聖母の純潔と受難の棘

中世になると、野薔薇の象徴性はキリスト教の教義へと昇華されます。聖母マリアは、エデンの園にあったとされる「棘のない薔薇(Rosa sine spina)」に例えられました。一方で、その棘はキリストが被せられた荊冠、すなわち受難と苦しみの象徴ともなりました。五枚の花弁は、キリストの五つの聖痕を思い起こさせる瞑想の対象でもあったのです。
美術においては、「閉じられた庭(Hortus conclusus)」の生垣として野薔薇が描かれ、マリアの純潔と守護を象徴しました。ドイツの画家シュテファン・ロッホナーによる「薔薇垣の聖母」(1440年頃)は、この象徴体系を視覚的に統合した典型例といえます。
夢幻の迷宮、バーン=ジョーンズの『いばら姫』
19世紀のイギリスにおいても、野薔薇は特別な意味を持って描かれました。ラファエル前派を代表する画家エドワード・バーン=ジョーンズによる連作『いばら姫(The Legend of the Briar Rose)』は、その究極の姿といえるかもしれません。

グリム童話の「眠れる森の美女」を主題としたこの作品群で、野薔薇は百年の眠りについた王城を飲み込む、うねる巨大な蔓として表現されています。外部からの侵入者を拒む棘の生垣は、姫を守る「聖域」であると同時に、彼女を停滞した時間のなかに幽閉する装置でもあるのです。バーミンガムの工業的な喧騒のなかで育ったバーン=ジョーンズにとって、自然の野放図な繁茂を象徴する野薔薇は、機械化された日常から逃避するための「夢幻の庭」への入り口でした。そして鎧を纏ったまま薔薇の蔓に絡め取られ眠りについた騎士たちの姿は、エロス(生)とタナトス(死)の不可分性を静かに暗示しています。
わが家の庭の野薔薇もまた、この里山の時間を外の世界の喧騒から守るための「優しい迷宮」の入り口なのかもしれません。
アメリカの魂と「野生」の哲学
さらに興味深いのは、19世紀アメリカの文豪や思想家たちが野薔薇に託した想いです。
ナサニエル・ホーソンの『緋文字』では、冷酷な監獄の門脇に咲く野薔薇が、社会から拒絶された罪人に対する「自然の慈悲」として描かれました。わたしが愛読するヘンリー・デヴィッド・ソローは、「世界の保存は野生(wildness)の中にある」と断じ、所有の概念を無視して境界を侵食する野茨のなかに、真の自由を見出しました。
先住民の文化においても、野薔薇の棘は死者の霊から生者を守る「魔除け」であり、子供たちに授ける生命力の源でした。アパラチア山脈南部に暮らすチェロキー族には、強制移住「涙の旅路」で命を落とした者たちを悼む母親たちの涙から白い薔薇が咲いたという伝説が伝わっています。その話を思うとき、野薔薇の白さは、ただの美しさではなく、悲劇を乗り越えて生き抜く不屈の意志そのものにも見えてきます。
結び──永遠に回帰する野生
わが家の庭のシンボルともいえる野薔薇に目を戻します。
精緻な版画技法で薔薇の全貌を記録した18~19世紀フランスのルドゥーテも、一輪の花に宇宙的な本質を見据えた20世紀アメリカのジョージア・オキーフも、この花のなかに、生と死、聖と俗が同居する神秘を感じ取ったのでしょう。
わたしがいま、「長老」と呼ぶ野薔薇にスマホのカメラを向けて、こうして言葉を綴っていることも、長い文化史の連なりのほんの一部に過ぎません。
植物を「物」として管理するのではなく、共に生きる「親族(キンフォーク)」として扱い直すこと。ロビン・ウォール・キマーラーが説く「互恵性」の作法1を、わたしはこの里山での暮らしを通じて学んでいる最中です。
どんなに切り詰められても、翌春には必ず再生する。その頑固なまでの生命力は、人為を超えた「野生」(wildness)そのものです。鋭い棘は、安易な理解や所有を拒むための境界線。そして枝先にある可憐な白い花は、わたしたちが自然の一部であることを思い出させてくれる、最も小さく、かつ最も力強い「美の啓示」なのです。
わたしは「正法眼蔵・現成公案」の中の道元禅師の一節を思い起こします。
「しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。2」
人間の意識にとって、花が風に散れば「惜しい」と思い、草が繁茂すれば「嫌だ」というのは自然な感情です。しかしそれにも関わらず、万物はただ自然の道理として、散るべきものは散り、生えるべきものは生えてくるのです。人間も植物もひとつの宇宙として生きています。
かつて「邪魔なやつだ」と野薔薇を切り捨てていた自分を少しだけ恥じながら、人々がこの花に込めてきた想いとわたしたちの庭の「長老」の甘い香りに包まれて、静かに呼吸を整えます。
【脚注】
- National Endowment For the Humanities, Robin Wall Kimmerer, National Humanities Medal 2023,
https://www.neh.gov/award/robin-wall-kimmerer
↩︎ - 「現成公案」『正法眼蔵(一)』、道元著、水野弥穂子校注、岩波文庫(青319-0)、2015年12月第32刷発行、pp.53-54. ↩︎