窓の外、朝の甲府盆地の向こう側には、春特有の霞を纏った山々が連なっています。
わが家の菜園では、いま、待ちに待った歓喜の瞬間が訪れています。昨年の10月、乾いた土に小さな種を託したときから、この物語は始まっていました。
“スナップエンドウ”。
彼らエンドウ類は「低温性」という、少しストイックな性質を持っています。生育の適温は15度から20度。暑さにはめっきり弱い一方で、幼苗のうちは氷点下の寒さにもじっと耐える、静かな強靭さを秘めています。
だからこそ、厳しい冬が来る前の晩秋に種を蒔き、小さな苗のまま越冬させる。それが、この地でスナップエンドウを育てるためのささやかな作法であり、一般的な栽培方法なのです。
「地を這う」という時間の意味
12月から2月にかけての凍てつく季節。畑を覗くたびに、少しばかり不安な心地になりました。芽を出したばかりの幼苗たちは、けっして背を伸ばそうとはせず、ただ「くたっ」として地面に這いつくばっている。
「本当に、これで春を迎えられるのだろうか……」
そんな疑念をよそに、彼らは土のなかで、静かに、けれど確実に根を広げ、栄養を蓄えていたのでしょう。地面を這っていたあの時間は、まさに彼らにとっての「生成のための沈黙」だったのです。
3月。日差しに柔らかな熱が混じり始めると、彼らは変貌します。畝の表面を這っていた茎がすっくと立ち上がり、細く繊細な、それでいて意志の強そうなツルが、支柱に立てた女竹に絡みつきます。
4月の初めには、白く清楚な花が、春の風に揺れ始めました。そして先日、4月30日。ついに、待ちわびた「初収穫」の朝を迎えたのです。
土から届く、贅沢な「処方箋」
今回は初収穫なので、あえて豆を太らせすぎず、さやがぺったりと薄いものもすべて摘み取りました。株全体の負担を減らし、これからの本格的な成長を促すための、いわば「戦略的な間引き」です。それでも、手のひらの上には、すでに瑞々しい緑が溢れています。



スナップエンドウは、豆の豊潤さと野菜としての瑞々しさを併せ持つ、類まれなハイブリッド。グリーンピースを品種改良して生まれた「さやごと食べられる」品種です。特筆すべきは、その濃密な栄養素。
糖質をエネルギーに変換するビタミンB1。免疫力を高めるビタミンC。骨を作るのに不可欠なビタミンK。粘膜や皮膚の健康を維持し、強力な抗酸化作用を持つβカロテン。貧血を予防する葉酸。むくみを解消するカリウム。そして腸を整える不溶性食物繊維。これらが、さやを含めたスナップエンドウのなかに凝縮されて含まれているといわれます。
スナップエンドウは最近のスーパーでは、100g前後のひとパックで200円から300円ほどもします。小鉢にちょこんと盛るだけで終わってしまう量です。他の野菜に比べ、「少し高いな」と感じるのが庶民の実感というものでしょう。
けれどわが家では、ひと畝まるごと、12株ほどを伸び伸びと育てていて、市場の価格を気にせず、この「天然のマルチビタミン」を山盛りにしていただく。環境の変化で体調を崩しやすいこの季節、畑からこれらの栄養を、文字通り「鮮度100パーセント」で摂取できるのです。自分たちの手で土を耕し、冬を越すのを見守り、収穫する。その営みのなかには、市場の論理だけでは測れない「贅沢」が宿っているのです。
ぷりぷりとした食感を、お浸しで
わが家のおすすめのスナップエンドウ・レシピは、極めてシンプルな「お浸し」です。

ヘタとスジを丁寧に抜き、沸騰したお湯で2分から3分茹でる。熱いうちに水気を切り、たっぷりの鰹節を振り、お醤油か麺つゆをひと回し。
たったこれだけ。
ですが、たったこれだけのことが、採れたての甘みと、あの「ぷりぷり」とした生命力あふれる食感を最大限に引き出してくれるのです。
季節を急がず、冬の寒さにじっと耐えて待つ。スナップエンドウを噛みしめるとき、私たちはその「忍耐の時間」そのものを味わっているのかもしれません。気温の変化で体調を崩しやすいこの季節。自然の栄養をたっぷり含んだスナップエンドウは、私たちの体を優しく整えてくれる、畑からの処方箋といえるでしょう。
家内が「いくらでも栽培していい」というほどの好物なので、これからしばらくは、わが家の食卓には、この鮮やかな緑色が欠かせなくなるでしょう。夕暮れ時、冷えたビールと茹でたてのスナップエンドウ。
「今年も、よく頑張って冬を越してくれたね」
そんな想いで味わうひととき——これ以上の贅沢を、私は知りません。明日の朝もまた、支柱の先で新しいツルが、未知の光を求めて空を掴もうとしているはずなのです。