今日は朝から気温が上がり、どこか誇らしげな早春の陽気となりました。甲府盆地を眺めれば、あちらこちらで白い煙がのんびりとたなびいています。果樹の剪定枝を燃やす「野焼き」は、この季節の山梨の農村の風物詩ともいえる情景です。
午前中、わたしがリビングでブログの整理をしていいると、窓外のスピーカーからは広域放送が流れてきました。県内に「乾燥注意報」1が出ていること、そして火の取り扱いに十分注意してほしいという呼びかけです。何度も繰り返されるその音声を聞きながら窓の外に目をやると、近所の農家さんでも野焼きをしていました。風が強いせいか、煙が地面を這うように低く流れていたのが、少し気にかかってはいたのですが……。
昼食を済ませ、心地よい日差しに誘われてソファーでうとうとしていた午後2時20分ごろのことです。
ふと目が覚めると、わが家の真向かいにある耕作放棄地から、猛烈な白い煙が立ち上っていました。慌てて外へ飛び出すと、わずか50~60メートル先で枯れ草が真っ赤な炎を上げて燃え広がる、信じられない光景が目に飛び込んできたのです。
「すぐに消防へ!」と家に戻ろうとした瞬間、遠くからサイレンの音が聞こえてきました。どなたかが、いち早く通報してくださったのでしょう。それからは、ただ祈るような気持ちでした。家内と二人、ウッドデッキの縁に腰を下ろし、こちらへ火が来ないことを願うしかありません。テキパキと消火にあたる消防団の方々の姿は頼もしいものでしたが、火の勢いを前にした個人の無力さを、痛いほどに感じた時間でした。



夕方、鎮火が確認された焼け跡を眺めながら、わたしはある危機感を抱かずにはいられませんでした。
東山梨消防本部の統計2によれば、今年2月末までの林野火災は前年同期より増えており、特に枯れ草などの火災は10件と大幅に増加しています。今年1月、県内では戦後最大規模の約396ヘクタールを焼き尽くした扇山(おうぎやま)の山火事も3、まだ記憶に新しいところです。
こうした火災が頻発している背景には、もはや「たまたま」では済まされない地球規模の気候変動があります。世界気象機関(WMO)などの報告4によれば、2026年の幕開けは観測史上まれに見る「極端な気象」の只中にあるというのです。2026年1月は、世界的に観測史上5番目に暖かい1月となりました。日本でも東日本を中心に記録的な「乾いた冬」が続いており、渇水の危機も報道されています。そしてこの異常な乾燥によって、野山の枯れ草はひとたび火がつけば爆発的に燃え広がる、危険な火種(死生燃料)と化しているのです。
今まさに、私たちは自分たちの「環境倫理」を問い直す時期に来ているのではないでしょうか。
かつてこの地で代々受け継がれてきた「野焼き」は、里山の恵みを循環させるための知恵でした。しかし私たちが今立っているのは、先代たちが経験したことのない、気候変動という未知のステージです。
「おじいちゃんの代からやってきた習慣だから」という言葉は、現在の異常な乾燥気象の前では、もはや通用しません。過去の経験則にしがみつくことは、時に自然への傲慢さとなり、愛すべき里山を破壊する刃にさえなり得るのです。
自然との共生を説いたヘンリー・デイヴィッド・ソローは、かつて不注意から300エーカーもの広大な森を焼いてしまった苦い経験を持っています。その後、彼は火の持つ破壊と再生の二面性について深く省察し続けました。私たちもまた、自らの「慣れ」が招く結末を、正面から直視しなければなりません。
では、具体的にどうすればよいのでしょうか。
自然農の基本原則は「草も虫も敵にしない」ことにあります。刈り取った草や剪定枝を「廃棄物」として燃やすのではなく、土に還すべき「資源」として捉え直すこと、それが火災リスクを根本から減らす道です。
果樹の剪定枝であれば、小型のウッドチッパーで粉砕してマルチング材として畑に敷くことができます。燃やさなければ、二酸化炭素も出ません。太い枝は穴を掘って埋めるか、無酸素で炭化させれば、長い時間をかけて土の力に変わっていきます。そして何より、個人の農園で火を使わないことは、万が一の際に駆り出される地元の消防団員、つまり近隣のコミュニティーへの最大の敬意であり、地域のきずなを守る行為でもあります。5
「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」という禅のことばの真意は、熱さを無視することではないと、わたしは思います。火の恐ろしさをそのままに受け入れ、覚悟を持って最善の道を選ぶこと。その覚悟の中にこそ、本当の涼しさがある。
気候が変わるなら、私たちの生き方も、農の作法も、倫理も、変わらなければなりません。
焼け跡から立ち上る、焦げ臭い土の匂い。それを、過去の習慣との決別のしるしとして、わたしは胸に刻みました。より深い知恵と、変化を恐れない勇気を持って、この里山と、そして変わりゆく地球と向き合っていかなければなりません。
脚注
- 3月に入り、山梨県内での火災リスクはさらに高まった。峡北消防本部(北杜市管轄)等の資料によれば、3月13日から14日にかけて「林野火災注意報」が継続して発令されている。
• 3月13日: 峡北消防本部が7時00分に林野火災注意報を発令(引用文献名:北杜市防災情報、具体的な引用箇所:「本日7時00分、林野火災注意報が発令されました。たき火や火入れなどは控えてください」、URL:https://kurashi.yahoo.co.jp/yamanashi/19209/incidents/bousai/362921)。
• 3月14日: 同注意報が継続(引用文献名:北杜市防災情報、具体的な引用箇所:「林野火災注意報は継続しています。たき火や火入れなどは控えてください」、
URL:https://kurashi.yahoo.co.jp/yamanashi/19209/incidents/bousai/363122)。
↩︎ - 山梨県内における林野火災発生件数と統計的分析
2026年1月から3月14日までの山梨県内における林野火災の発生状況は、地域消防本部の速報値および自治体発表資料から、極めて高い警戒レベルにあったことが確認される。
消防本部別・月別の発生件数推移
山梨県内の主要な消防本部における統計を精査すると、特に1月と2月の発生密度が高い。以下のリンクは、詳細な統計が得られている東山梨消防本部(山梨市・甲州市管轄)のデータを中心とした発生状況である。
・引用文献名:東山梨消防本部「火災件数・救急件数・救助件数」、2026年(令和8年)2月末現在の統計表、URL:https://www.ey119.jp/syoubou/02saigai/。
この統計によれば、東山梨消防本部管内だけでも、2月末までに5件の林野火災が発生している。さらに「その他火災」に分類される枯草火災が10件に達しており、これらは林野火災に発展する一歩手前の事案であることから、実質的な火災リスクは例年を大きく上回っていたことが推察される。
↩︎ - 戦後最大規模:扇山林野火災の詳細調査
2026年の山梨県における火災を語る上で避けて通れないのが、1月8日に発生した上野原市・大月市の「扇山(おうぎやま)林野火災」である。この単一の火災が県内の林野火災統計を大きく押し上げ、防災体制に甚大な影響を与えた。
火災の発生と鎮圧までの経緯
火災は2026年1月8日午前10時43分、上野原市大目地区の扇山付近で発生した。
• 覚知日時: 2026年1月8日 午前10時43分 。
• 初期状況: 乾燥注意報発令下の強風により火勢が急拡大し、上野原市から西側の大月市側へと燃え広がった 。
• 鎮圧日時: 2026年1月24日 18時00分。大月市および山梨県より、火勢が消防隊の制御下に入り拡大の危険がなくなった「鎮圧」が宣言された(引用文献名:大月市発表資料「扇山での林野火災に関する情報について」、具体的な引用箇所:「鎮圧日時:令和8年1月24日(土) 18時00分」、URL:https://www.city.otsuki.yamanashi.jp/anshin/bosai_saigai/rinyakasai_2026-0113.html)。
• 鎮火日時: 2026年2月12日 13時00分。再燃の恐れがない「鎮火」が確認された 。
被害規模の定量的データ
扇山火災による焼損面積は、山梨県内の林野火災としては戦後最大規模に達した。
(引用文献名:大月市「扇山での林野火災に関する情報について」、具体的な引用箇所:「被害状況 ・ 人的被害 負傷者:0人・ 建物被害 :無し・ 焼損面積:約396ヘクタール」、URL:https://www.city.otsuki.yamanashi.jp/anshin/bosai_saigai/rinyakasai_2026-0113.html)。
この396ヘクタールという数字は、山梨県内における過去の記録を塗り替えるものであり、火勢が民家から150m~300mの距離まで迫るなど、極めて危険な状況が続いていたことが、複数のメディアおよび自治体報告により明らかになっている 。
↩︎ - 物理学的・気候学的背景:2026年の「極端な乾燥」メカニズム
2026年初頭の山梨県で火災が深刻化した背景には、物理学的な燃焼条件を整えてしまった気候学的要因が存在する。
2026年の世界的な気候パターンと日本への影響
世界気象機関(WMO)および欧州のコペルニクス気候変動サービス(C3S)は、2026年の開始を「極端な熱、寒さ、降水、そして火災」で特徴づけている 。
• 気温の上昇: 2026年1月は、観測史上5番目に暖かい1月であった。特に北半球の北緯30度以北で地表温度が平年を上回る傾向が顕著であった(引用文献名:Copernicus Climate Change Service、具体的な引用箇所:「January 2026 was the fifth warmest on record… 1.47°C above pre-industrial temperatures」、URL:https://climate.copernicus.eu/copernicus-fifth-warmest-january-sees-2026-start-weather-extremes-across-both-hemispheres)。
• ENSO(エルニーニョ南方振動)の推移: 2026年1月~3月期は、弱いラニーニャ現象から中立状態(ENSO-neutral)への移行期にあり、この大気の状態が日本付近において、北からの寒気流と南からの高気圧のせめぎ合いを強め、東日本を中心に降水の少ない「乾いた冬」をもたらした 。
山梨県内の気象データと火災気象
山梨県内では、火災発生時に継続的な乾燥注意報が発令されていた。
• 乾燥注意報の継続: 1月11日から12日にかけて、中北地域、峡東地域、峡南地域などで継続的に発令(引用文献名:山梨県気象警報・注意報、具体的な引用箇所:「中・西部では、12日まで空気の乾燥した状態が続くため、火の取り扱いに注意してください」、URL:http://98tenki.sub.jp/_jma/yss2/yss2_tkeiho.cgi?kansyo=JPTH&view=2&url=VPWW53_JPTH_20260111041541.xml)。
• 風の影響: 扇山火災発生当時は、上空に強い風が吹いており、火の粉が遠方まで運ばれる「飛火」が発生しやすい条件が揃っていた。
物理学的な視点で見れば、森林内の死生燃料(Dead Fuel)の含水率が10%を割り込むような極端な乾燥状態下では、微小な火源であっても容易に持続的な燃焼へと発展し、ひとたび樹冠火(Crown Fire)に移行すると、人間の手による消火は極めて困難になる。
↩︎ - 社会経済的インパクトと防災行政の対応
2026年の火災は、山梨県の地域社会に多大な経済的・物理的損失を与えた。
消防リソースの枯渇と支援体制
扇山火災の消火活動は長期化し、消火機材(ホース等)が大量に破損・摩耗する事態となった。
• 出動規模: 自衛隊ヘリ9機、県内外の防災ヘリ、県内10消防本部、地域の消防団が総動員された 。
• 資機材の損害: 長期にわたる岩場や急斜面での活動により、消防装備品が破損。上野原市および大月市は「災害支援寄附」として、ふるさと納税を通じた寄附を募る異例の事態となった(引用文献名:UTYテレビ山梨/ふるさとチョイス、具体的な引用箇所:「消火活動の長期化によって消防装備品が大量破損 ふるさと納税で寄付募る」、URL:https://note.com/shortcut3/n/n6f5656668aa6)。
インフラへの影響
• 水道の断水: 山林内の導水管が熱により焼損し、大月市宮谷地区で計画断水が実施された。1月24日に復旧作業が完了するまで、住民生活に大きな支障をきたした 。
• 入山制限: 火災後、扇山および百蔵山は安全確保のため入山禁止措置が取られた 。
世界の潮流:2026年以降のワイルドファイア(Wildfire)リスクと投資
世界経済フォーラム(WEF)の「Global Risks Report 2026」や国連環境計画(UNEP)の報告によれば、森林火災は21世紀において最も破壊的かつコストのかかる気候主導の脅威の一つとして再定義されている。
抑制から予防への投資転換
• 現状の課題: 多くの地域で、火災管理予算の半分以上が「鎮圧(Suppression)」に費やされ、「予防と計画(Planning)」に割かれる予算はわずか0.2%に過ぎない(引用文献名:WEF Report “From Wildfire Risk to Resilience”、具体的な引用箇所:「UNEP notes that more than half of wildfire-related expenditure is typically spent on response, while planning receives only around 0.2%」、URL:https://reports.weforum.org/docs/WEF_From_Wildfire_Risk_to_Resilience_The_Investment_Case_for_Action_2026.pdf)。
• 投資対効果: 火災に強い建築や予防策に1ドル投資すれば、将来的に210ドルの経済的損失を回避できるとの試算がある 。
山梨県の里山においても、自治体や消防団に頼り切るのではなく、個人やコミュニティ単位での「燃えにくい環境づくり(防護帯の設置や間伐)」が、将来的なコスト削減と安全確保に繋がるということを認識することが重要である。
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