今日は啓蟄。土がゆるむ。
冬のあいだ、息をひそめていたものたちが動き出す。
虫も、草も、名もないものも。
わずか二週間ほどの転換だ。
庭に出ると
パンジーは顔を上げ、水仙が白い炎のように立っている。
チューリップの芽は、まだ土を押している。
誰に教えられたのでもない。
太陽の通り道が少し動いたのだ。
足もとは、普段は見向きもされない
オオイヌノフグリ、タンポポ、ホトケノザ。
小さい花だが、しかし、それがよい。
かつて私は彼らを見ていなかった。
都会で、時間に追われ、言葉に囲まれていた。
春は来ていただろうが、見てはいなかった。
テレビでは今日も遠い国の争いを語っている。
各々が正しさを自賛し、怒りを増幅させる。
人が為す、と書いて「偽」(いつわり)と読む。
土は何も為さない。
芽も何も主張しない。
ただ、確かに在り、生命を育む。
季節は議論しない、ただ進む。
土はゆるみ、植物は芽を出す。
それだけだ。
学ばなくてもよい。
競わなくてもよい。
ただ見守るのだ。
啓蟄の光の下で、今日も土に触れる。
心の内で、何かがほどける気配を感じて。
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